<%@LANGUAGE="JAVASCRIPT" CODEPAGE="65001"%> 五井野正講演会、札幌、長野、郡山、大阪、福岡、名古屋、秋田、東京、福島県、熊本、東京



  
The Russian Academy of Arts アカデミシャン名誉会員 


勝手ファンサイト管理人が(勝手に)書く、芸術家 五井野正 画伯の足跡

   2010年〜2012年8月

〜執筆連載〜

2010年1月より、月刊ザ・フナイへの連載が始まる。
以下、2010年から2012年7月までの連載題名

2010年 1月号 TOP対談(ゲスト 五井野正)日本人の知らない天才マルチ日本人
2010年 3月号 ロシアで私のかかわった火星有人飛行計画の一部始終
2010年 4月号 最新科学からの隠れ蓑にされたアインシュタイン理論
2010年 5月号 現代科学の末路を象徴する「放射能汚染」
2010年 6月号 教育現場の問題点
2010年 7月号 地球大変動の予兆
2010年 9月号 地球に気象の大変化が起きている
2010年10月号 熱圏、太陽活動、磁気圏の変化がもたらす影響
2010年11月号 “複合生命体”である地球
2010年12月号 真実を知る者たちが集まれば
2011年 1月号 地球人の意識レベルによって宇宙がひらかれる
2011年 2月号 火星の真実
2011年 3月号 「情報伝達」から「地球意志伝達」へ
2011年 4月号 表に出ない原発の真実/16進法
2011年 5月号 原発事故と放射能
2011年 6月号 「想定内」だった原発事故
2011年 7月号 隠された原発事故の経緯と現在進行形の実態
2011年 8月号 各新聞記事の分析/放射線を防ぐ繊維
2011年 9月号 今回のフクシマ問題の根本原因
2011年10月号 封印されてきた放射線の真実
2011年11月号 ニュートリノの本質
2011年12月号 『七次元よりの使者』
2012年 1月号 世界が再評価した浮世絵と「妨害事件」
2012年 2月号 日本植民地化への伏線になりうる富士山噴火と副首都構想
2012年 3月号 富士山がカギを握る 「日本改造と首都移転」
2012年 4月号 東京直下型大地震のシミュレーションと瓦礫処理問題
2012年 5月号 東海地震から南海トラフ地震予知でわかってきた東大話法の権威者たち
2012年 6月号 ナノテクノロジー最先端
2012年 7月号 隠された日ロ外交の真実
2012年 8月号 GOP(五井野プロシジャー)の歴史と秘密


〜科学技術〜

・球状ナノホーンのロシアからの発表など国際配信からスタート
ドイツハノーバーメッセにてドイツ、ボーデ経済大臣と
東京ビックサイト、名古屋博覧会にて
海外の国際的グローバルメーカー企業により採用がおこなわれ始める。

・99%遮蔽する放射能防護服が経済産業省より認可

・99%汚潜水高速処理システムの福島第一原発事故現地実験成功

・浜岡原発即時停止を経産省に申し出。

・原発事故処理エキスパート世界中の原発処理ブレーンを公開



〜災害時の救済計画など〜

・2011年の震災の前の2010年に東日本の会員に、長野や西日本など山間部の事故前の避難先不動産の取得を勧められ、その直後に福島第一原発事故が発生する。

・東京直下型地震の予想被災者救済に向けての実行プロジェクトが明らかになる。
大町温泉郷旅館、蓼科高原ペンション、松本市扉温泉、白馬村森上など随時取得オープンへ

〜講演会〜
■2012年12月9日(日)【緊急特別】五井野正博士福島講演会

■2012年12月8日(土)【満員御礼!予約及び当日券の申し込み終了】
 【緊急講演】「東京直下型地震と原発問題」IN国分寺Lホール

■2012年11月23日(金)〜25日(日)信州 五井野正博士講演会及びサバイバルセミナー(VOL3)

■2012年10月13日(土)鹿児島県市町村自治会館 五井野正博士鹿児島緊急講演会「未来への羅針盤」

■2012年9月22日(土)〜23日(日)船井幸雄オープンワールド

■2012年8月5日(日)福岡ビル9F大ホール 五井野正博士福岡講演会

■2012年7月8日(日)秋田ビューホテル4F 五井野正博士秋田講演会

■2012年7月29日(日)札幌市白石区民ホール 札幌緊急特別講演 五井野正の世界 

■2012年9月22日(日)船井幸雄オープンワールド2012パンフ(五井野正博士ご出演)
            〔にんげんクラブHP〕
■2012年5月3日(木)〜4日(金)サバイバルセミナー〔五井野正教授講演会&農業体験・丸太ロッジ講習〕

■2012年4月30日(月)五井野正博士講演会『ナノテクと日本の未来と対策』 IN中野サンプラザホール

■2012年3月13日(月)〜「銀座タンギーの店」と「タンギーギャラリー銀座」にて名品展開催!!

■2012年2月18日(土)五井野正スペシャル

■2011年10月23日(日)五井野正博士福岡講演会 福岡ビル9階大ホール

■2011年9月23日(土)五井野正博士大阪講演会 梅田スカイビルタワーウエスト36階スペース36L

■2011年9月4日(日)五井野正博士秋田講演会 秋田ビューホテル4F

■2011年8月13日(土)五井野正博士緊急特別講演会IN新宿 ベルサール新宿 1Fホール

■2011年3月20日(日)五井野正博士 特別東京講演会

■2011年1月9日(日)〜10日(月)五井野正博士 特別講演会

■2010年11月7日(日)美術館開館記念 五井野正氏 特別講演会TKP東京駅日本橋ビジネスセンターホール

■2009年9月13日(日)五井野 正 画伯 東京講演会Part2コア・いけぶくろ(豊島区民センター)

■2009年8月28日〜30日ゴッホの向日葵の復活と歌川正国展 シンワアートミュージアム(銀座7-4-12ぎょうせいビル1階)

■2009年7月26日(日)五井野 正 画伯 いわき講演会ラトブ6階(いわき産業創造館)企画展示ホール

■2009年7月24日(金)五井野 正 画伯 東京講演会 新宿NSビル30階ホールB

■2009年6月7日(日)五井野 正 画伯 秋田講演会 秋田ビューホテル(秋田市中通〔秋田駅前〕)

■2009年5月17日(日)五井野 正 画伯 名古屋講演会 2009年5月17日(日)栄ガスビル5階ホール

■2009年5月10日(日)五井野 正 教授 福岡講演会 福岡ビル9F

■2009年5月9日(土)五井野 正 画伯 大阪講演会(参加者のご感想) 鶴見区民センター小ホール

■2009年4月18日(土)五井野 正 画伯 郡山講演会(参加者のご感想) ホテルハマツ3階

■2009年4月12日(日)五井野 正 画伯 長野講演会〈参加者のご感想〉 長野放送 NBS ホール

■2009年3月22日(日)五井野 正 画伯 札幌講演会(参加者の声) 札幌市教育文化会館4階
「ゴッホが愛した歌川派浮世絵展」同時開催

〜講演会参加者の感想〜
  ↓五井野博士シュバリエ受賞講演↓
       ゴッホコード講演会参加者の声

   ↓10月27,28日信州講演会セミナー参加者のご感想
  天下泰平さん(ライブドアブログランキング社長1位、全ライブドア総合47位)憧れの人と・・・
 知足自愛さん五井野正博士講演会於信州?その1 前夜祭)?その2 歌川派美術館&講演



〜ギャラリー〜

■2012年7月11日(火)より(株)アートメディア八ヶ岳避暑地(山梨県清里)の観光名所ワンハッピープラザを購入し事務所移転へ。(東京直下型地震に備えて)

■2010年10月22日 大町温泉郷内に美術館を取得、五井野画伯の絵と歌川派浮世絵と「ゴッホが愛した歌川派(浮世絵)美術館オープン。

■2010年、新宿ギャラリーから銀座へ、ギャラリー移転。

   2009年


フランス・ニースで開催された The 3rd International Congress on PREDIABETES and the METABOLIC SYNDROME において、五井野プロシジャーの画期的効能を発表。

東京銀座シンワアートミュージアムにて「ゴッホの復活と歌川正国展」
五井野正画伯の描く名画展示開催(先着ラッキーにも、購入できた方たいへん幸運です)

全国講演活動開催
札幌、長野、郡山、大阪、福岡2回、名古屋、秋田、東京2回、福島県いわき、熊本3回、・・・開催
9月13日の東京講演会にて09年度の講演はひとまず終了?

9月末より年内すべて海外での要職をこなす海外日程スケジュールでいっぱいとの情報
歌川派門人会より

10月 絵画を描かれている毎日の多忙の中、先日講演に出向かれ、絵を購入されたとある方のとある地域へ旅される。会食や観光などをなされ直接画伯をお招きできて大喜びの声を小耳にはさむ。

10月末、11月、12月 中国、ロシア、ユーロ各地の要職をこなされ12月中旬ご帰国されて、アトリエにて絵を描かれておられたり、諸活動の毎日との筆者のところの耳に入ってきた絵画購入者からの情報

   2008年

スペイン国王ファン・カルロス1世より The Spanish Royal National Academy of Pharmacy のアカデミシャン称号を授与される。

   2006年


五井野正画伯
を団長とするチェルノブイリ原発事故国際調査班は事故20年目に当たる今年ウクライナへと出向き、チェルノブイリ原発事故後の人体への影響、今後の原発事故防止対策などに関し臨時災害担当副大臣やウクライナ科学アカデミー総裁および政府要人、国会議員、地質学研究所所長等と会談した。さらに調査班は日本人として初めて事故現場にあたるチェルノブイリ原発4号炉の内部撮影も行い、その様子は日本のTV報道番組や週刊誌の特集記事で取り上げられ話題となった。


「人間の尊厳と安全を守る国際連盟」総裁より長年の人道・社会・文化活動を評価されアジア太平洋地域全権大使に任命される。


『「人間の尊厳と安全を守る国際連盟」のヴァレンニコフ総裁と共に、同国際連盟のアルメニア支部設立式典に出席。アルメニア共和国首相へ表敬訪問』

『フランスのロイヤル医学アカデミーにおいて
五井野プロシジャーの効果について講演』


   2005年


ロシアの新聞  ロシアに「ロシア人は江戸時代に回帰しなければならない」と題し、
五井野正画伯の浮世絵を中心とした芸術活動、GOPの発明発見や人道的活動を一面で大きく特集された。


ロシア安全防衛法規諸問題アカデミーのシェフチェンコ総裁より同アカデミー日本支部総裁に指名される。


ドイツのベルリンで開催された1st International Congress on Prediabetes And The Metabolic SyndromeでGOPの効果効能を発表。


米国サンフランシスコにて開催された第9回全アルメニア国際医学会議に出席し、特別スピーチ。


米国NYで開催された第2回世界心臓医学学会でGOPの効果効能を発表。
(2nd International Symposium on TRIGLYCERIDES AND HDL:ROLE IN CARDIOVASCULAR
DISEASE AND THE METABOLIC SYNDROME)


ロシア安全防衛法規諸問題アカデミーより科学、文化と保健の発展への著しい貢献を評価され、ピョートル大帝一等勲章を受章。(Pyotr I Alekseevich)

   2004年

日本人として初めてプーチン大統領がメンバーであるロシア連邦安全防衛法規諸問題アカデミー会員となる。


ロシア安全防衛法規諸問題アカデミーより科学、教育、文化と芸術の発展においての傑出した貢献を評価され、ミハイル・ロモノソフ賞を受賞。(Mikhail Lomonosov)


モスクワ市下院議会より、モスクワ市への芸術と文化の貢献と慈善活動を評価され名誉賞を受賞した。

ロシアのHTBテレビにおいて五井野正画伯が1時間生番組で、GOP(
五井野プロシジャー)や新しく発明した天然素材100パーセントの育毛剤の効果効能を、実演を交えて説明し、反響を呼んだ。

フランス・パリの国立ギメ美術館においてフランス政府より芸術文化勲章シュバリエが授与された。

モルドバ国立医科薬科大学の客員教授になる。

イタリアのヴェニスで開催されたXV. International Symposium on Drugs Affecting Lipid Metabolismの糖尿病ならびに代謝症候群のセッションでGOPの効果効能を発表。

ロシアの経済新聞 エカノミーチェスカヤ・ガゼータにGOPと
五井野正博士について特集記事が掲載される。

モスクワのロシア正教会において、アレクセイ2世総主教は
五井野正博士に対し勲三等聖セラフィーム・サローフスキ勲章を授与した。

モスクワにおいて「統一ロシア」のスリースカ副議長と会談。

モスクワにおいて「祖国」のドミトリー党首と会談。

ロシアの新聞 トベルスカヤ13に「日本のレオナルド」と題し
五井野正博士の特集記事が掲載される。


  2003年  


ドイツのベルリンで開催されたSARS対策シンポジウムに特別招待される。

米国ニューヨークにおいて、中性脂肪、代謝障害および心血管障害についての国際シンポジウムでGOP(
五井野プロシジャー)の効果効能を発表。

五井野正画伯(雅号 歌川正国画伯)はゴッホの日本文字を解読し、自らの絵画に謎解きを表現しているが、長野県・大町市に世界で初めて五井野博士のゴッホの謎解き絵画とゴッホコレクションの浮世絵と同じオリジナル浮世絵の完成版を展覧した、ゴッホの愛した歌川派(浮世絵)美術館が開館した。

京都において第13回アテローム性動脈硬化国際シンポジウムでGOPの効果効能を発表。


                            

   2002年

イタリアのフィレンツエで開催された第六回国際シンポジウム「冠状動脈の心臓病と発作のグローバルな危機」にてGPの画期的効果が発表され、五井野正博士と国際自然社会科学アカデミーアルメニア支部総裁のR・G・メリックオハンジャニアン氏、ウィッピー総合研究所所員達が出席した。シンポジウムでは、GPの漢方を用いて科学的な臨床試験に至るデザインとスクリーニング評価の方法に大きな関心がよせられ、質問が相次いだ。


イタリアのナポリで開催された国際免疫学会に、五井野正画伯と国際自然社会科学アカデミーアルメニア支部総裁のR・G・メリックオハンジャニアン氏が主催者側から特別招待客として紹介された。  今回のテーマは結核の研究発表が中心で、世界各国から著名な研究者達がスライドを使って熱心に講演が行われた。  この席上、五井野画伯はガンや糖尿病、循環器系統の難病に対し副作用なしで画期的効果を発揮するGPを発見・発明した功績を讃えられ、ノーベル賞受賞者であり生化学者、細菌学者で名高いP・エールリッヒ氏のメダルを授与された。


モスクワのThe International Academy of World Nations Spiritual Unity の会員になる。
このアカデミーは、各国の大使、大臣や軍の最高幹部クラス、各アカデミーの総裁、科学者、国際的な文化人、映画監督、大学関係者、医学関係者、宇宙事業関係者など各界のトップレベルの人々で構成されており、五井野画伯は医学、芸術、科学、哲学、経済等、あらゆる分野における優れた業績が評価され会員となった。
さらに五井野画伯はこのアカデミーの副総裁、日本支部総裁にも選出された。


日本での民間防衛会議の設立者としてさらに、ドイツやロシアのトップの医学界に働きかけて、NATOや米国のペンタゴンが参加した対生物兵器テロ国際シンポジウムが、ドイツのベンジャミン・フランクリン大学病院の細胞・免疫医学研究所で開催された。
このシンポジウムには、世界的に有名なマックスプランク研究所のS・H・E・カウフマン所長も組織委員として参加し、講演した。
五井野画伯は、このシンポジウム主催者であるベンジャミン・フランクリン大学病院の細胞・免疫医学研究所所長のH・ハーン氏の功績を讃え、聖ヨーロピアン騎士団のナイトの称号をハーン氏に授与した。


   2001年

ハワイ大学マノア校にて五井野正画伯・浮世絵コレクション展を開催。さらに同校で葛飾北斎の肉筆画やデザイン浮世絵を教材に浮世絵に関する講演会を行った。また真のV・ゴッホの像に関しても講義し、大好評をはくした。五井野画伯は地元の新聞に特集で大きく取り上げられ、ラジオの生番組にも出演するなど注目された。


宇宙ステーション・ミールのソロビヨフ元船長が五井野正博士の招待で8日に初来日した。 さらに12日には日比谷公会堂で「夢の火星宇宙計画」と題しソロビヨフ元船長と
五井野正博士が、実際の宇宙での活動ビデオを見せながら宇宙に関する講演を行い、新聞各社に大きく取り上げられた。 また、ロシア自然科学アカデミーがGPのガンや糖尿病、循環器系統の難病に対し副作用なしで画期的効果を発揮する事を高く評価し、五井野正画伯は医学、免疫、生物学の分野で活躍しパスツール研究所副所長も務めたメチニコフ氏(ノーベル賞受賞者)のゴールドメダルを受賞した。


五井野正画伯とドイツのベルリン大学・フランクリン・ベンジャミン大学病院の細胞・免疫医学研究所総長のハーン教授は、ウィッピー総合研究所とベルリン大学との五井野プロシジャー(GP)の驚異的効果の共同研究に関し会談し、ドイツの医学界はGPに対し大きく期待を寄せた。


米国のニューヨークにて脂質代謝国際医学シンポジウムでGP効果を発表し、ヨーロッパの大製薬会社やスイスの大手保険会社、健康食品会社がウィッピー総合研究所にオファーを打診してくるなど、大きく注目された。

   2000年


GP(
五井野プロシジャー)を発明し、白血病細胞実験で他の抗がん剤と比べ10倍の効力を発揮し副作用がないことがデンマークで証明され、さらにロシアでも特許を取得した。
さらに日本や米国・ヨーロッパでは白血病だけでなくガンや糖尿病などの特許が申請されるなど、二十一世紀の医学をリードするGP発明を評価されベルナツキーメダル(医学)を受賞。
1994年に現存画家として初めてエルミタージュ美術館で展覧会を開き、さらにゴッホの絵に描かれた日本文字を世界で初めて解読して、同美術館だけでなく、世界各国の美術館や芸術アカデミー等で発表した。これらの活動が高く評価されピョートルゴールドメダル(芸術)を受賞。
七次元よりの使者(小説)や新七次元よりの使者、平成貴族読心経の文学書に対する評価を受け、ーシキンメダル(文学)を受賞。


国際自然社会科学アカデミーより科学と芸術の騎士メダルを受賞。
イタリア経済社会科学アカデミーより太平洋地域の代表者として初めて黄金のヘラクレス賞を受賞。
国際自然社会科学アカデミーより
五井野正画伯が行った環境問題に対する社会活動(ウイッピー運動)が高く評価され、ロシアの社会活動家ティリシア氏のメダルを受賞。


コペンハーゲンの中央薬事審議会が
五井野プロシジャー(GP)の臨床試験を特別に許可を出し、さらに医薬品安全局が自然薬では不可能だった医薬品として認可をおろし、GPは治薬医薬品として登録された。


モスクワにおいて第1回国際デルフィックゲームが開催され、世界28ヶ国から選手達が参加し音楽、舞踊、アクロバットなど6部門の競技に挑んだ。国際デルフィック競技会副会長である
五井野正博士は江戸時代の相撲の展覧会や国際相撲大会を提案し、役員達から大きく指示されて次回より取り入れたいとの要請を受けた。


   1999年


台湾国立歴史博物館にて「日本浮世絵芸術特典・五井野正先生所蔵展」開催。
マルタ共和国マヌエルシアターにて「
五井野正とゴッホが愛した歌川派浮世絵 展」開催。


ロシア経済を立て直す論文が評価され、ピョートルゴールドメダル(経済学)を受賞。
新しい宇宙ロケット燃料(液化天然ガス)をジュコフスキー記念空軍工学アカデミーに提案、採用されて1998年ロシアと日本との協力開発となり日本で実用化された功績によりカーピツァ賞(物理学)を受賞。



デンマークのトップの新聞ポリチケン紙の一面において、
五井野プロシジャーがデンマーク国立コペンハーゲン大学付属中央微生物学研究所での白血病細胞実験で、他の抗ガン剤と比べ10倍の効力をもち、全く副作用がないことが証明されたと報道され大反響となる。更に、デンマーク国営テレビやラジオ、隣国のスウェーデンの国営放送や新聞、ヨーロッパのCNNといわれるユーロワールドでも大ニュースとして報道される。


ナイト・オブ・サイエンスのファースト称号を受章。


英国ケンブリッジのフーズ・フー(紳士録)1999年度マンオブザイヤーに選出される。
米国バイオグラフィカル・インスティチュートのフーズ・フー(紳士録)1999年度マンオブザイヤーに選出される。


ロシア連邦国家の最高アカデミー評議会が認定する上級科学者としてロシア連邦全アカデミー社会医学教授号を受賞。





                                                      

   1998年

医学誌『medicina altera』(英語・ロシア語)編集長に就任。

ヨーロピアン大学名誉医薬学教授に就任。

マルタ共和国の『五井野プロシジャー・アンチキャンサー』グループ(この団体は同国国民の有権者の内10パーセント近くの署名を寄せて発足)の強い要請を受けて同国を訪問。沢山のマスコミに取り上げられ国中の話題を取った他、そのニュースはヨーロッパ、中近東の国々にも反響を呼ぶ。
プロシア帝国からの伝統ある最高の勲章といわれる聖スタニスラフ白大十字勲章を受章。

ロシア連邦大統領府戦犯・抑留委員会委員に就任。

アルメニア共和国国立科学アカデミー外国正会員となる。


ロシア連邦自然科学アカデミーアルメニア国名誉総裁に就任。


ロシア連邦自然科学アカデミーアルメニア国医学会員となる。
国際自然社会科学アカデミーアルメニア国医薬学会員となる。

パブロフ勲章(医学)を受章。

パベル・トレチャコフ勲章(芸術)を受章。

ロシア連邦自然科学アカデミー科学教授となる。

人類の最大の敵といわれたガンを克服する五井野プロシジャーを発明、発見した功績を讃えられポポフ勲章(発明・発見)を受章。
国際発明発見アカデミー正会員となる。


ロシア連邦で最も権威のあるロシア政府監修の「フーズ・フー(紳士録)」 1998年度版のマンオブザイヤーを外国人で初めて受賞。


   1997年

ロシア連邦ヤロスラブリ州立美術館にて『ゴッホが愛した浮世絵と五井野正展』開催。

ジューコフ勲章(文化)を受章。

ロシア連邦中央ヤロスラブリオンコロジー病院にて
五井野プロシジャー(ガン免疫療法)による公開臨床試験を開始。
末期ガンだけでなく、末期糖尿病、ヒト免疫不全ウィルス(エイズ症候群)感染治療に画期的な効果を得る。

ロシア連邦国立人文科学アカデミー名誉正会員となる。

ウクライナ国立芸術アカデミー名誉教授に就任。

ウクライナの首都キエフのウクライナドームにて『ゴッホの愛した浮世絵と五井野正展』を開催。

ウクライナ国立オンコロジー病院にて
五井野プロシジャー(ガン免疫療法)による公開臨床試 験を開始。
画期的効果により、テレビがドキュメンタリー特集を放送した。

英国ケンブリッジの国際人名録センター発行の「ファースト500人」に世界の500人として選ばれる。

ロシア連邦、ラトビア共和国、ウクライナ等、海外に於ける人道的医療活動、及び人類の敵であるガンと糖尿病克服に大きく貢献した功績によりマルタ十字勲章を授与される。

ウクライナ国立口腔病学医学アカデミー名誉正会員となる。

ウクライナ国立ポルタワ工科大学名誉教授就任。

ウクライナのポルタワ州立美術館にて『ゴッホが愛した浮世絵と五井野正展』開催。

ポルタワ州立オンコロジー病院にて
五井野プロシジャー(ガン免疫療法)による公開臨床試験を開始。画期的な効果が新聞・テレビドキュメンタリーで報道された。

国際自然・社会科学アカデミー正会員となる。
ロシア連邦自然科学アカデミーの正会員となる。

ロシア連邦ヤロスラブリ医学アカデミー名誉教授に就任。

イタリア経済・社会科学アカデミー正会員となる。

マルタナイト勲章(ガブリエル爵位)を受章。
二十世紀における最も賞賛すべき人物として認定され、その経歴と社会的貢献が米国バイオグラフィカル・インスティチュートの「影響ある500人の指導者達」に永久記録される。
更に医学分野における類稀なる優秀さを表彰され「成功の鍵」を受賞。


   1996年


サンクトペテルブルグにて世界25ヶ国を召集して開催された第一回国際デルフィック協議会(文化オリンピック)にて同副会長に選出される。

ラトビア国立美術館にて「ゴッホが愛した浮世絵と
歌川正国展」開催。
ラトビア国立オンコロジーセンターで臨床試験を行い大成功となり、新聞・テレビ等で大反響となる。

アイスランド共和国コパボーグル市立美術館にて浮世絵展『impressions』開催。
大統領の開会宣言により、アイスランドで初めての浮世絵展としてマスコミでも大評判となる。

ロシア連邦国立芸術アカデミーにて『ゴッホの愛した浮世絵と五井野正展』を開催。

IDC国際デルフィック協議会の副会長としてIDC役員東京会議を開催。


   1995年

ノルウェー、オスロー市立ステーネルセン美術館で浮世絵展「impressions」開催。有力紙を始め、のべ15紙でノルウェー全土に紹介される。

「叫び」で知られるムンクを記念するムンク美術館にて講演。

アルメニア共和国、国立科学アカデミーより名誉博士号を受ける。
※ 3月よりバングラディシュ共和国のNGOに対して資金面、物資面に於いて支援を開始する。

同科学アカデミーの工学アカデミー正会員となる。

アルメニア共和国、国立哲学アカデミー名誉正会員となる。

自作「カザンの聖母子の肖像」をロシア正教総司教のアレクセイ二世に贈呈、アレクセイ二世記念ゴールドメダルを受賞。
同日、アレクセイ二世と世界の文化と平和について一時間半に渡り会談。

ロシア国立プーシキン美術館にて「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」開催 新聞15紙、テレビ、ラジオ、雑誌等が大きな扱いでロシア全土、ヨーロッパ各国、中国にまでニュースが流れる。

ロシア国立エルミタージュ美術館で「ゴッホが愛した浮世絵と歌川正国展」開催。
現存の画家として初めてエルミタージュ美術館に作品が展示される。
新聞各紙が全面で特集、またロシアテレビ局が五井野正会長歌川正国画伯)に密着取材、展示会 の模様も併せ 15分と30分の特番が組まれロシア全土、旧ソ連邦諸国、ヨーロッパ各国で放映される。

アルメニア共和国独立記念日に大統領の招聘を受ける。
同日、大統領と会談、アルメニア共和国の在日本名誉領事に任命される。

ロシア芸術アカデミーの総会に於いて、満場一致で名誉正会員に選出される。

前橋市にて「日本デザイン会議95 群馬」の同時イベントとして「歌川派江戸現代デザイン展」開催。現代アートのルーツである三代歌川豊国のデザイン浮世絵(デザイン豊国)を世界に初公開する。

アルメニア哲学アカデミーより『無敵のダビデ勲章』を受賞


   1994年

福岡県田川市立美術館に於いて「ゴッホを偲ぶ歌川派浮世絵展」開催。

世界中の学校に本物の浮世絵を一枚、合計で10,000 枚を寄贈すると言う壮大な計画ジャポニスム、ルネッサンス運動』をスタートする。

宮崎県都城市立美術館にて「ゴッホを偲ぶ歌川派浮世絵展」開催。
宮崎県立美術館に於いて「200年の伝統を誇る歌川派門人展」開催。

コペンハーゲン工芸博物館で浮世絵展「impressions」開催、有力新聞、雑誌、国営テレビで特集される。コペンハーゲンにて「環境と文化」をテーマに講演。

キリスト教発祥の教会であるアルメニア正教より平和賞を受賞。アルメニア国立美術館に於いて「ゴッホの愛した浮世絵と歌川正国特別展」開催。

米国アラバマ州バーミンハム市立美術館に於いて「ゴッホの愛した浮世絵と歌川正国特別展」開催。

米国アラバマ州環境アイデア賞受賞
アラバマ州立大学に於いて「環境と文化」について講演。
バーミンハム市立ボタニカルガーデンにて「ゴッホと日本」について講演。
国際文化交流、及び海外支援のためのNGOとしてジャポニスム・クラブを発足。

全国縦断、北方四島地震災害支援チャリティー講演会開催、総計500万円の支援・援助をする。


   1993年


千葉市文化センターに於いて浮世絵展「南総里見八犬伝」開催。

福岡県立美術館に於いて「ゴッホと歌川派浮世絵展」開催、歌川正国作『鏡の中のホッホ』を特別展示。

信州博にて「ゴッホコレクション浮世絵展」開催。


   1992年

銀座アートミュージアムで画家 歌川正国として、初の個展「ゴッホと歌 川派展」を開催、代表作『鏡の中のホッホ』を発表する。


   1990年

200年の歴史がある「歌川派」を再興し、全世界に日本の文化を紹介すると同時に、原爆病(白血病)に苦しむ人々を救済するために「歌川派門人会」を結成。
国内外に於いて浮世絵を中心とした展示活動を展開し、また、今まで謎と言われた写楽、北斎、広重の浮世絵師三大謎を解明する。更にゴッホの謎や未知な部分を明らかにする等、新たなゴッホ像を作り上げ、国際的美術評論家として知られるようになる。
また、自らも歌川正国の雅号で創作活動を行う。

   1989年


著書『平成貴族読心経』発表
アジアの森林保護と地球温暖化防止計画として東南アジアのゴム園保護を目的とした天然ゴムの輸入を行い、石油製品に換わる天然ゴム製品の開発を進める。
それにより天然ゴムベットや車の座席シート、マット等健康にも良い天然ゴム製品を会員向けに独自に製造、更に天然ゴムから作った墨を開発し書画活動にも応用する。


   1988年

ふる里村文化の会が無農薬有機農法のお茶、みかん、お米、大豆、野菜等を農家との一括契約による栽培を進め、更に会員用に無添加の味噌、醤油、大豆油、大豆酢を開発し、会にも無料配布するなどして啓蒙、普及活動を始める。


   1987年


浮世絵と印象派の関係を『ふる里村情報』や各地の講演で発表し、日本にカルチャーショックを与える。

   1986年


海外に於いて東洋美術専門家として活動。中国古代“夏”の時代の研究家として中華民国の美術研究者に知られる。

   1985年

ウイッピー芸術院設立。日本、中国の重要美術品の保護に専念、トップレベルの隠れた北斎研究家として知られるようになる。


   1984年

ふる里村開発センターを長野県大町市に設立。
開発センターの指導で無農薬有機農法を実践するペンション、旅館、ホテルを会員達が各地にオープンする。

   1983年


農薬汚染問題を告発し、無農薬、無添加食品の自給自足体制に入る。
「ふる里村文化の会」発足、創栄出版(株)自社ビル完成。
会員に対して山林での丸太ロッジ制作や無農薬有機農法の講習会を各地で開催し、普及させる。



   1982年

編集長として、雑誌『ふる里村情報』、『海と離島』創刊。
それまでの「都会から地方へ」という一方的な情報や文化の流れから「地方から都会へ」という新しい流れを生みだす。
荒廃した森林問題を取り上げ、間伐材を使った丸太ロッジ制作によって解決できることを提案し、森林を再生させる運動を読者に呼びかけ全国的に発展させる。
※ 朝日新聞で『ふる里村情報』が紹介されるや、「アルプスの土地付き 10万 円ロッジ!」の情報に朝日新聞社会部始まって以来の大反響で問い合わせ殺到、一時回線がパンクする。
この雑誌の影響によって日本にふる里村ブーム、丸 太ロッジブームが起こる。
『ふる里村情報』で裁判所の競売情報を公開、一般の人々にも簡単に安く過疎地の山林や田畑、宅地や住宅の取得を可能にし、過疎に悩む地方を活性化、やがて各地方で村おこし運動が起こる。また農林省がふる里財団を作り、更に「ふる里創生論」等、政府の政策にも影響を与えた。

   1981年


著書『法華三部経大系総論』発表、テレビのベストセラー紹介番組で3週連続1位となる。
ウイッピー総合研究所が癌や高血圧に対する効能、及び免疫性向上等の研究を始める。

   1980年


東京、大阪で『七次元よりの使者』の音楽コンサートを開催、話題となる。
静岡県南伊豆と兵庫県にリサイクル自然村を設立、無農薬有機農法による自給自足の実践を始める。


   1979年

環境問題調査のため渡欧。
民間で初めて電波望遠鏡を作る。
それにより採取した宇宙からの電波をシンセサイザーで変換し、更に16音階の曲を加えて日本で初めてコンピュータシステムを導入した音楽のLPレコード『七次元よりの使者』(フィリップスレコード)を発表、音楽界に影響を与える。
環境庁長官、県知事、日本商工会議所会頭、新日鉄会長等の政財界のトップまでもが空き缶を拾い、国民的運動として社会に定着したため、空き缶運動より身を引く。

   1978年(74〜78)


4年間に渡る公害防止運動の総決算として缶軍を結成、呼びかけで集まった読者の 老若男女数十人と供に、京都から東京までの東海道500kmを1ヶ月半かけて リヤカーを引ながら10万個の空き缶を拾って歩き、メーカー別に分けて メーカーにお返しする運動を行い大反響を巻き起こす。
※ この4年間の運動の模様は新聞、雑誌、テレビ等で、のべ100回以上報道され、社会に強くアピール。東京都をはじめ各地方自治体のゴミ行政の改革、また国会にもオブザ ーバーとして呼ばれるなど、リサイクル法案の設立に大きく貢献する。
浮世絵と印象派の関係を『ふる里村情報』や各地の講演で発表し、日本にカルチャーショックを与える。

   1977年


創栄出版(株)設立、小説『七次元よりの使者・第0卷』を発表し、ベストセラーとなる。


   1976年


『空き缶号』を沖縄海洋博に出品。
古代王朝の歴史、考古学研究で近畿、九州(対馬)地方を現地調査。
邪馬台国の謎を追って韓国に渡り、ソウルからプサンまでを徒歩、ラクトン河を 空き缶号で下り、韓国のマスコミで話題となる。

   1975年

駅のホームや道端に落ちているタバコの吸いがらを拾いながら、 寸劇や音楽でタバコのポイ捨てによる煙草公害撲滅を訴える。(空き缶寺僧侶によるモク拾い運動を始める)
東京都庁には空き缶、空きビンをトラックに満載し、更に新日鉄本社には プレスした空き缶4万個を満載して訪れ、東京都のゴミの埋め立て地「夢の島」に リサイクルプラントの建設を訴えて、実現化への努力、協力を約束させる。
アルミの空き缶から発電した“空き缶電池エネルギー”を動力として水上を進する 『空き缶号』を制作、富士五湖に浮かべて空き缶リサイクルと省エネ、省資源を アピールして新聞、テレビで大反響となる。
小説『七次元よりの使者』を自費出版。

   1974年


ウイッピー総合研究所設立。
この頃より、富士五湖水質汚染、空き缶公害等、当時の日本ではまだ 問題意識の低かった環境問題に対する社会運動に立ち上がる。
環境庁に提出した水質調査結果が後に湖沼のリン酸汚染問題に発展し、消費者の有機リン系洗剤のボイコットにつながる。
ギターとハーモニカとカスタネットを同時に演奏し、全国各地で「歩け歩いて空き缶回収運動」を行い新聞、テレビ、ラジオ、雑誌等のマスコミで大反響となる。
日本コカコーラ本社に空き缶をトラックに満載にして訪れ、空き缶のデポジット制をアピール、世界中の大ニュースとなる。


   1973年

富士山周辺に芸術村設立。

   1971年


単身北欧に渡り、スウェーデンのストックホルム大学でスウェーデン語を学ぶ。
北欧滞在中に、環境問題に関して大きなカルチャーショックを受ける。
この事が後に環境問題や芸術活動のきっかけとなる。

   1969年


1969年
神奈川県立多摩高等学校卒業
1950年6月27日新潟県上越市生まれ

五井野正博士著書 所蔵の図書館一覧


五井野正博士の著書を図書館で借りて読むことができます。


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